1)低血圧とは
低血圧とは、めまいや失神などの症状が出現するほど血圧が低い状態です。正常な場合、体は動脈内の血圧を狭い一定の範囲内に維持しています。
血圧が高くなりすぎると血管が損傷し、破裂して出血や他の合併症を引き起こします。
血圧が低くなりすぎると全身に十分な血液が供給されなくなり、結果的に細胞は十分な酸素や栄養素を受け取れず、老廃物も除去できなくなります。
一般的に低血圧は高血圧よりも良いといわれており、安静時血圧が低いながらも正常範囲内の健康な人は、正常範囲内で高めの血圧の人よりも長生きする傾向があります。
2)低血圧のメカニズム
体には血圧を調節するいくつかのしくみがあり、それによって静脈や細動脈の内径、心臓から送り出される血液の量(心拍出量)、血管内の血液の量などを変化させます。これらのしくみによって、運動や睡眠など日常的な活動の間に高くなったり低くなったりした血圧を正常に戻します。
静脈や細動脈は拡張したり収縮して、保持する血液の量を変化させます。
・静脈や細動脈が収縮
⇒ 保持できる血液量が減少、より多くの血液が動脈内に流れこみ、結果的に血圧が上昇。
・静脈や細動脈が拡張
⇒ 保持できる血液量が増加、動脈内に押し出される血液量が減って、結果的に血圧が低下。
動脈内の血流への抵抗が一定である限りは、1分間に心臓が送り出す血液の量(心拍出量)、血管内の血液量が増えれば増えるほど、血圧は上昇します。
体は心拍数を遅くしたり速くしたり、心臓の収縮を弱めたり強めたりすることによって、それぞれの拍動の間に送り出す血液の量を変化させます。
また、腎臓は尿中に排出する体液の量を調節し、血液量を増やしたり減らしたりします。
これらの代償機構はセンサーとして働く特殊な細胞によって活性化され、この細胞は圧受容体と呼ばれます。
圧受容体は動脈内部にあって常に血圧を監視しており、特に重要な働きをしているのは首と胸にある圧受容体です。
圧受容体が血圧の変化を検出すると、代償機構の1つの変化が誘発され血圧は一定に保たれます。
神経は、これらの変化や脳からの信号を、代償機構を調節するいくつかの重要な器官に伝えます。
例えば、出血すると血液量が減って血圧が低下しますが、このような場合センサーは血圧が下がりすぎないように代償機構を活性化させます。
心拍数が増えて心拍出量が増加し、静脈が収縮して保持する血液量を減少させ、細動脈が収縮して血流への抵抗を強めます。
出血が止まれば体の他の部位から体液が血管内へ移動するため、血液量も血圧も回復し始めます。
腎臓は尿の生成量を減らし、血管になるべく多くの体液が戻るよう体内に水分を貯め、最終的には骨髄と脾臓が新しい血球を産生して血液量は完全に回復します。
しかし、これらの代償機構には限界があります。
急速に大量の血液が失われるような場合、代償機構は急には十分に働くことができず血圧は低下します。
3)原因と症状
様々な障害や薬によって代償機構が十分に働かなくなるために、低血圧が生じることがあります。例えば、以下のような心疾患が生じると、心拍出量は減少し心臓の機能に損傷を与えます。
・心臓発作
・心臓弁障害
・頻脈(心拍が非常に速くなる)
・徐脈(心拍が非常に遅くなる)
・不整脈
また、脱水症、出血、腎障害によって、血液量が減少します。
一部の腎障害は血管に体液を戻す腎機能が損傷し、結果として大量の体液が尿中に排出されます。
反対に腎不全では腎臓が血液から体液を取り除くことができなくなり、水分過剰となって血圧を上昇させます。
神経障害(自律神経機能不全)によって、圧受容体と代償機構を調節する器官の間の信号の伝達が障害される場合があります。
細菌感染症にかかると、細菌が産生する毒素によって細動脈が拡張することがあります。
さらに、年をとるにつれて血圧の変化に対する代償機能の反応が遅くなります。
< 低血圧の原因 >
代償機構の変化 | 原因 |
---|---|
心拍出量の減少 | ・不整脈 ・心筋障害あるいは機能不全(心臓発作やウイルス感染症などによる) ・心臓弁障害 ・肺浮腫 |
血管の拡張 | ・アルコール ・アミトリプチリンなどの抗うつ薬 ・血管拡張作用のある降圧薬 (カルシウム拮抗薬、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、 アンジオテンシンII受容体拮抗薬など) ・硝酸薬 ・細菌感染症 ・熱にさらされる ・神経障害(糖尿病、アミロイドーシス、脊髄損傷などによる) |
血液量の減少 | ・下痢 ・利尿薬(フロセミド、ヒドロクロロチアジドなど) ・多量の出血 ・多量の汗 ・多量の尿(無治療の糖尿病やアジソン病でよくみられる症状) |
脳の血圧調節機構の阻害 | ・アルコール ・抗うつ薬 ・メチルドパ、クロニジンなどの降圧薬 ・バルビツール酸 |
自律神経系の障害 | ・アミロイドーシス ・糖尿病 ・多系統萎縮症(シャイ‐ドレーガー症候群) ・パーキンソン病 |
血圧が下がりすぎた場合、最初に機能不全になるのは脳です。
脳は体の最も高い位置にあり、脳に血液を供給するには重力に逆らわなければならないからです。
その結果、低血圧の人は立ち上がったときにめまいや立ちくらみを感じることが多く、中には失神する人さえいます。
失神して床に倒れると脳と心臓の高さが同じになるので、血液は重力に逆らわずに脳へ流れることができるようになり、脳への血流量が増え、脳が損傷するのを防ぎますが、血圧があまりに低くなると、脳が損傷するのを防ぎきれなくなります。
低血圧ではたまに、息切れや狭心症(心筋に血液が十分に供給されないことによる胸痛)が起こります。
血圧がきわめて低くなったまま元に戻らないとすべての臓器が機能不全になり、この状態をショックといいます。
低血圧を起こす障害は他にも多くの症状を起こしますが、それは低血圧のためによる症状ではありません。
例えば、感染症による発熱は低血圧の症状ではありませんが、体の代償機構が低下した血圧を上昇させようとするとき、何らかの症状が生じます。
細動脈が収縮するとき、皮膚や手足への血流が少なくなるため、これらの部位は冷えて青ざめます。
心臓が速く強く迫動するときには、動悸(どうき)を感じます。
4)起立性低血圧
起立性低血圧とは、立ち上がったときに血圧が過度に低下することで、結果的に脳への血流が減少して、めまいや失神が起こります。人が急に立ち上がると、重力によって脚や下半身の静脈に約0.5リットルの血液がたまり、その結果、心臓に戻る血液の量と心臓から送り出される血液の量が減少して血圧が低下します。
正常な状態の体は血圧の低下にすぐ反応し、心臓は速く力強く拍動して送り出す血液の量を増やし、細動脈は収縮して血流への抵抗を強めます。
これらの代償機構が働かなかったり、働きが非常にゆっくりであることが高齢者でよく見られ、そのため起立性低血圧が起こります。
原因起立性低血圧は、血圧を調節する代償機構が妨げられるために起こります。
代償機構は様々な病気や薬だけでなく、正常な加齢による変化によっても妨げられます。
不整脈や心臓弁障害などの心疾患によって、立ち上がるのに必要な分の血液を増加させる心臓の機能が損なわれたときに、起立性低血圧が起こります。
また、加齢と共に、立ち上がったときに心拍数を増加させたり心拍出量を上げる能力は衰え始めます。
血液量が少なくなると、起立性低血圧が起こります。
高血圧の治療に使われる利尿薬は、体から体液を取り除いて血液量を減らします。
出血、ひどい嘔吐による多量の水分の喪失、下痢、多量の汗、多量の尿(無治療の糖尿病などでよく見られる症状)などによっても血液量は減少します。
高齢者は病気のときに脱水症になりがちですが、脱水症は血液量を減少させるため起立性低血圧を引き起こします。
病気の間は脚の筋肉をあまり使わないので、脚の静脈に血液がたまり、心臓に送り戻されなくなります。
たまった血液のために心臓へ戻る血液の量が減少して血液量が減り、血圧が低下します。
細動脈や静脈が拡張しても起立性低血圧が起こるので、細動脈を拡張する血管拡張薬は起立性低血圧を引き起こします。
血管拡張作用のある薬には、カルシウム拮抗薬、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、抗うつ薬、アルコールなどがあります。
糖尿病、アミロイドーシス、脊髄損傷などの障害は、血管の内径を調節する神経に損傷を与える可能性があります。
気温や室温が高かったり、発熱したり、厚着などによって体温が上がったときも静脈は拡張します。
疲れ、血管が拡張する運動、腸への血流を増加させる脂っこい食べ物の摂取なども起立性低血圧の原因となります。
起立性低血圧の人のほとんどが、急にベッドから出たり長時間座った後で立ち上がったりしたときに気が遠くなる、頭がフラフラする、めまい、錯乱、視力障害などを経験します。
これらの症状は、疲れているとき、運動したとき、飲酒したとき、脂っこい食事をしたときなどに悪化し、脳への血流が大幅に減ると失神やけいれんを起こします。
これらの症状があるときは起立性低血圧を疑いますが、立ち上がったときに血圧が明らかに下がり、横になると正常に戻ることが確認されれば診断が確定します。
治療法やその後の経過は原因によって異なるため、診断が確定した後は原因を探します。
原因が治療できない場合でも、症状を軽くしたり取り除いたりする方法はあります。
例えば、起立性低血圧になりやすい人は急に座ったり立ったり、長時間立ったままでいないよう注意して、ゆっくり座ったり立ったりするように心がけます。
弾力性に富んだストッキングをはくことで、脚の静脈内に血液をたまりにくくすることもできます。
長い間ベッドで安静にしていたために起立性低血圧を起こしている場合は、毎日少しずつベッドから起き上がっている時間を長くしていくとよいでしょう。
また水分をしっかり摂り、アルコールは少量にするか飲まないようにした方がよいでしょう。
5)食後低血圧
食後低血圧とは、食後に血圧が過度に低下することです。食後低血圧は高齢者の3分の1弱に見られますが、若年者ではほとんど見られません。
特に食後低血圧を起こしやすいのは、高血圧の人や体内の代謝を調節する自律神経系を管理している脳の中心が損傷するような障害(パーキンソン病、シャイ‐ドレーガー症候群、糖尿病など)がある人です。
腸が食物を消化するには、大量の血液が必要です。
食後、腸に血液が集まると、血圧を維持しようとして心拍が増加し、体の他の部位の血管は収縮します。
しかし、一部の高齢者ではこの代償機構が十分に働きません。
血流は正常に腸へ集まりますが、血圧を維持できるほど十分には心拍は増加せず、血管も収縮しないので血圧は低下します。
食後低血圧ではめまい、ふらつき、気が遠くなる、失神などが起こります。
高齢者が食後にこのような症状をみせた場合は、食前と食後の血圧を測り、食後低血圧が原因かどうかを確かめる必要があります。
また、このような症状がみられる人は、食後は横になって休む必要があります。
降圧薬を使用している場合は服用量を少なくしたり、少量の低炭水化物食を頻繁にとることで症状が軽くなることがあります。
一部の人は食後に歩くことで血流が改善しますが、歩くのをやめると血圧が低下する可能性があります。
食前に医師の指示に従って特定の薬を服用すると、症状が軽くなる場合があります。